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コラム
2007年,北里柴三郎記念館を訪れて
以下の文章は私が公文教室の2007年5月号の教室だよりに掲載した章です.かれこれ20年前の内容ですが,今読んでも頷くことが多かったので,ノエル,公文,プログラミング・ロボット教室のホームページに再掲します.
先日,小国のほうへ家族ででかけたとき,たまたま北里柴三郎の生家があったのでいってきました.生家には資料館も併設されています.明治時代,このような寒村からどのようにしてこれだけの大学者が生まれたのか以前から不思議に思っていたので,それを知る上でもとても勉強になりました.資料館にはドイツのコッホに師事した当時の写真や野口英世,パスツールなどとの書簡が丁寧に展示されています.東京大学の学位授与名簿欄には平民,士族などの出身別が記されていたり隔世の感を禁じ得ませんでした.ちょうどこの資料館を訪れる前日に息子にはパスツールの伝記を読んで聞かせていたので,息子もパスツールや野口英世の名前をみつけて大喜びでした.さてこの資料館の敷地内には当時の貴賓館もあり,その中に明治時代の地図やポスターが展示してあります.この中に明治の人がどのような徳目をもっていたのかを知ることができる面白いポスターを見つけましたので今回はそれを紹介したいと思います.
そのポスターには中央に大きな山が描いてあります.その山にたくさんのお遍路姿の人が登ったり降りたりしています.登り口には小屋がありそこでは「在心丹,向上杖」を売っています.丹とは一種の気付け薬で,有名なものとして森下仁丹があります.以前はTVCMでも出ていたので,保護者の方はご存知だと思います.この小屋を出発して頂上に向かってたくさんの小屋が描かれています.小屋には名前があり山麓から山頂にむかって次のようになっています.「立志,修学,忍耐,勤労,勇気,正直,分度,公益,慈善」.そして頂上には「富貴」があります.そこから反対に下りの道がついています.くだりの道に入る頂上にも売店があります.その売店には「堕落丹,放心鞋(わらじ)」が売っています.そしてその下りの道には頂上から山麓にむかって次のような小屋があります.「油断,驕奢(きょうしゃ,おごること),怠惰,借賊,貧窮,不義,自棄,詐偽(さぎ),犯罪」.そして下り坂と登り坂の小屋をつなぐようにところどころ平行な道がついています.この道は「改心の道」と名づけられています.山以外にこのポスターには空に浮く気球が二つあります.頂上近くには「自彊不息(じきょうふそく)球」,高いところに「富徳一致球」,これがポスターの絵に描かれているすべてです.このポスターの題名は「人生之行路」となっており絵の解説がついてます.解説を要約すると次のようなことが書いてあります.「まずは在心丹,向上杖を買って山頂を目指しない.山頂を目指すには各小屋の徳目を大切にしなさい.山頂に行って富貴を手に入れても油断をしていると堕落丹,放心鞋を買って下りの坂を下りることになります.たとえ下り坂にさしかかっても早く気がついて改心の道からもとの上り坂にもどりなさい」.そして最後にこう書いています.「そして頂上に達した者は自彊不息の気球に乗り,富徳一致の極みを目指しなさい」. このポスターをみて第一に私が感じたことは人の徳目というものを具体的にあげて,人生における善悪というものをきっちり教えていることです.今の時代,なかなか気恥ずかしくていえないような言葉が並んでいます.また徳目のうち「公益,慈善」を山頂付近にもってきていること,すなわち個人の徳目を高めることで初めて社会貢献が可能であることが示されています.また徳目を積んで山頂に達しても「自彊不息」を忘れるな,すなわち休むことなく自身を鍛えつづけよ,と書いています.そして人生において間違った道に陥っても早く間違いに気づくことで「改心」できることをたいへんわかりやすく教えています.なにか現代人が忘れてしまった大切なことがこのポスターに詰まっている気がしませんか.
このポスターを作った人は羽田貞義という群馬県師範学校(現群馬大学教育学部)の校長だった方だそうです.これだけのカラーポスターを明治時代に作らせるだけの力のある人なのでかなり教育に関心のあった方に違いない,そうおもいさっそく手っ取り早いところでインターネットで調べたところ,国会図書館にこの方の本がありました.いまや貴重な本もネットで自宅から閲覧できる便利な時代です.案の定,羽田氏の本の中に「母のための教育学」という本がありました.明治の本なのでなかなか読むのも大変なのですが,現代にも通じる興味深い内容になっています.羽田氏がこの本で強調していることは教育には,徳育,体育,知育の3つがあること.このうち学校はおもに知育をおこなう場であること,家庭ではおもに徳育と体育をおこなう場であることが書いています.そして学校教育の知育の場ではこどもに言葉でもって教育を主におこなうこと,すなわち知育は新しい概念形成を子どものもつ言葉による想像力で補うしかないこと,逆に言えばこれが学校教育の限界であることも書いています.それでは学校の場での概念形成を助けるために家庭で何をすべきかというと,それはたくさんの体験をさせてほしいと書いています.すなわち家庭教育がよくなければ学校教育ではいかんともしがたいと書いているのです.その上で家庭教育で両親が子どもにするべき3つの大切なことが書いています.ひとつは礼儀作法を教えること,2つめは父は厳しさを母や寛容を教えること,3つめは愛情を持って育てること,ただし愛情は与えすぎないことを書いています.本は120ページもあり,すべてここで紹介できないのが残念です.私もすべて読んでいないのですが,ついつい文字を追ってうんうんとうなずくことが書いていました. こどもたちが勉強意欲をなくしている一因のひとつは現代社会が「富」にばかり注目し,「貴」の部分を無視しているところにもあるような気がします.「富貴」を一致させ,その富や自分の知識を社会のために役に立てることを子どもたちに教えるべきときではないかと思います.もっと基本に戻って,偏差値がよいだけでなく本当に人を助けたい人が医者や弁護士になり,過剰な投資をさけ,地道に物をつくったり,創造的な仕事,福祉,教育に税金を使うこと,これらのことを守るだけでも社会は大きく変わるのではと思います.また価値が多様化した社会でもこうした徳目教育を子どもたちに行い,子どもが大志をいだき,くじけない心を養っていくのは親の勤めではないかと思います.