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コラム

2023年10月号教室だより

まだお昼は暑い日がありますが,朝晩は気温が低くなってきました.本格的な秋の季節の到来です.日本のような四季の変化が明瞭な国では,春と秋の穏やかな季節は学習をするには最も最適な季節となります.長い夏休みの間に学習習慣が狂ってしまった生徒も,夏休みから1ヶ月が立ち,また学習意欲が高まってきているのではないかと思います.ノエルの9月はとても忙しい1ヶ月となりました.というのもノエル始まって以来といってもよいほどたくさんの生徒の入会があったからです.また,一旦ノエルを去っていた生徒で再びノエルで学習をすることを決断してくれた生徒がいたことも嬉しい事実でした.

思えば3年続いたCOVID-19騒動のせいで,生徒たちは多くの犠牲を蒙りました.その影響は塾経営にも少なくない暗い影を落とし続けました.私の中でも特に残念に思っているのは現高校1年生の生徒たちです.彼らは中学1年生でこの騒動に巻き込まれまともに中学生活を送ることができませんでした.ノエルにはこの学年の生徒は7名在籍していました.当塾は進学塾を一応の建前としています.ですのでノエルに来られた生徒は全員が進学校を目指します.しかし,当該学年の生徒は6名のうちわずか4名が進学校に進みうちノエルにのこったのはたった1名という残念な結果となりました.これは私の指導不足もありますが,生徒たち,保護者の方たちの中にもこの騒動で進学どころではなくなっていってしまったというのが実情だと思います.私は高校卒業とともに就職をすることを否定していません.むしろ現在のように全員が大学進学を目指すことに反対しています.たとえばしっかりした目標を持ってその職に就きたいのであれば,高校卒業とともにその職に従事することを私は応援したいと思っています.ただし,ノエルに来るのであれば,進学を目指してほしいと願っています.なぜなら当塾の目指すところは,原則,大学進学を目的とする人のための塾だからです.

私は今も進行中の今回のmRNAワクチンをはじめとするコロナ騒動に怒りを持っています.その怒りは,今回の騒動が決して医療ではなく,世界中にいる一部テクノクラート(技術官僚)が国民を騙し,未熟な技術に科学的根拠を与えてありもしないパンデミックをでっちあげたからです.それを世界全体が信じ,狂っていった3年間でした.私は今回のこの騒動は戦争だと思っています.日本はいまだに7回目の接種と煽っていますが,本当に効果があるなら日本の超過死亡がなぜワクチン接種と同期しているのかしっかり検証する必要があるでしょう.厚生労働省はワクチン未接種者が一番コロナに罹患していると2022年9月までデータをもとに発表していました.ところが名古屋大学の小島教授がワクチン接種の接種日がわからない人をすべて未接種に加えていたことを指摘し,そうした接種不明者を未接種者からのぞくと未接種者が一番コロナにかかっていないことが判明しているのです.それで厚生労働省は今度はワクチンを打つと重症化が防げると言い出しました.今回ここで私はこれ以上ワクチンのバカバカしさを書きませんが,気がついた人からもう打つのをやめてください.私は決して全ワクチンを否定していません.私自身,14歳で風疹に罹り,突発性難聴で右耳聴力を完全に失っています.難聴は音が聞こえないだけでなく24時間365日じーじーと音がなっているのです.14歳から40年間,一度も右耳の中の蝉の鳴き声は消えません.従来のワクチンまで否定する気はありません.mRNAワクチンのことを書き出すときりがないのでもうやめます.さて今回皆さんに訴えたいのはしっかりした怒りを持ってほしいということです.しっかりした怒りとは何でしょうか.最近の子どもたちを見ていて私が不安に思うのは,世の中全体が全体主義的で事大主義(ことなかれ)になっていく中で,感情をなくしていっているのではと思うからです.なにかロボットのような子供が増えてきつつある気がします.もちろんそれは大人の私達の責任ですが,まずは皆さんに知ってほしいのは怒りを持つことは悪いことではなく,正しい感情の発露だということです.ただし,むやみやたらに怒ることはもちろん正しくありません.怒りの根拠が大切です.吉川英治の「宮本武蔵」の中に沢庵和尚という人物がでてきます.荒くれ者の武蔵が村人によって木に吊るされているときに沢庵和尚が武蔵に言います.以下抜粋です.「そうだそうだ,それくらい怒って見なければ本当の生命力も,人間の味も,出てこぬ.近頃の人間は,怒らぬことをもって知識人であるとしたり,人格の奥行きを見せかけたりしているが,そんな老成ぶった振る舞いを,若い奴らが真似るに至っては言語道断じゃ,若い者は,怒らにゃいかん.もっと怒れ,もっと怒れ」「おう,えらい力木が動く.しかし,大地はびくともせぬじゃないか.そもそも,おぬしの怒りは,私憤だから弱い.男児の怒りは,公憤でなければいかん.われのみの小さな感情で怒るのは,女性の怒りというものだ」.私の好きなアメリカの歌手にビリー・ジョエルがいます.彼の曲に「angry youngman」という曲があります.怒れる若者のとおり,この曲の彼のピアノの引き方は,ピアノが打楽器だということがよくわかります.ともかく怒りの感情を忘れてはなりません.なぜなら怒るとは怒る理由があるからです.それが沢庵和尚のいうように義憤にかられてのものであれば,それは社会や組織に対して確固たる正義を自らの内部に秘めている証拠だからです.最後に星野安二郎著「口語憲法」の11条基本的人権から引用です.「...民主主義を維持するには時に国家権力と戦う覚悟と必要もある...」というのが憲法学者の意見です.民主主義とは民衆がときに権力を有する者たちと戦う覚悟がいるということです.でないとそれは簡単に全体主義になってしまうということです.しっかり考えしっかり社会を見つめ正しくみんなで怒りましょう.民衆の怒りは時として必要なのです.

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