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コラム

2026年3月巻頭言より

2月は例年になく暖かい日が続きました.受験生にとって受験勉強を進めるのに快適な状況ではなかったかと思います.日本の受験は寒さの厳しい季節に行われます.欧米のように秋入学にして受験を夏に行うという案が浮上したこともありましたが,結局立ち消えとなりました.確かに一番寒い季節に受験を行うのは大変ですが,この寒い季節を乗り越え桜の花咲く春に入学を迎えるというのは,日本の風物詩になっているように思います.ともかく春はもう少しで訪れます.もうしばらく待ちましょう.

さて受験勉強ともかくお疲れさまでした.高校・大学受験は人生における大切な試練の一つです.結果はともかく,そうした試練とどう向き合うかが大切です.皆さんは受験だけでなく,これからの長い人生の中で何度も挫折と成功を繰り返すことになります.そして人として様々な経験を積み,自分なりの価値観を作っていくことと思います.人によっては努力は意味がないと思うかもしれないし,結果が出なくてもそのプロセスが重要だと考えるかもしれません.人を騙しても騙された人間が悪いと考えるかもしれないし,自分が騙されても相手が幸せならいいと考えるようになるかもしれません.こうした価値観をもとに人生を生きていく中で目標や希望を達成するための手段を選んで行くわけです.これは個人的な偏見で申し訳ないのですが,たとえば経営や政治に携わりたいという人やはどうしても非人情的なところが必要だと思います.なぜなら経営者や政治家は組織全体の利益を考えなければならず,自ずと個々の人々に対して配慮することが困難になってしまいます.有名なトロッコ問題ですね.暴走しているトロッコがあり,このままいくと線路上の5名の人を轢き殺してしまうが,手前の分岐点でレバーをひくと犠牲者を一人に減らすことができるというものです.合理主義・功利主義的な考えではレバーを引くべきですが,これは人命をどう捉えるか難しい問題を提起しています.たとえば先程の問題ですが5名が老人で一名が子供だったらどうでしょうか?答えは単純ではないはずです.トロッコ問題に限らず,我々は日々の生活で倫理的な問に対してどうすればよいか自らの価値観と照らし合わせながら妥協するべき部分は妥協し,できないのであれば強く抗議したり反発するという選択をしているはずです.妥協するかどうかも相手によって使い分けているはずです.家族,友人,年上か目下か,大人になればなるほど日常生活ではこうしたスキルは必要になってくると思います.ただし妥協しすぎると慇懃無礼になります.主張ばかりすると私のようになってしまいます,という冗談はおいといて.ともかく人が人間(じんかん)で生きるということは難しいものです.さて話を戻します.この価値観ですが,我々はあまり普段意識していないですが,国家という枠組みから多大なる影響を受けて形成されていることは知っておいたほうが良いでしょう.日本という国は日本人が古来から築きあげてきた歴史,伝統,風土,慣習の集合体です.日本の戦後教育は愛国教育につながるものは極力排除されてきた経緯があります.それは日本が敗戦国という立場と関係しています.それを差し引いても,日本人として日本人たるなにか共通のものを我々はたくさん共有しています.人は言葉を左脳側頭葉にあるウイルニケブローカ中枢と呼ばれる部位で理解しています.ここに興味深い研究があります.日本人に雨の音や風の音を聞かせるとこの言語野が反応することが分かっています.対して欧米人に自然音を聞かせるとそれを雑音として処理しているのです.我々日本語は母音が多く,音声学的には欧米人の言語より低周波数帯に位置しています.自然音は2000Hz帯あたりに集中しており,我々が会話する周波数帯に似ています.だからわれわらは自然音を多くのオノマトペ(ざあざあとかひゅうひゅうとか)で表す能力を有しています.では我々が低周波数帯で話すのはなぜでしょうか?それはもしかしたら日本の風土からきているのかもしれません.自然環境が変化に富み多くの恩恵とともに多くの災難をもたらす自然の存在は日本という国に住み着いたはるか昔の日本人にとっては大きな存在ではなかったのではないかと思います.すなわち我々がこうした低周波数帯の言語を用いて自然を短歌や俳句で唄い文学にまで押し上げた原動力は日本の風土からきているのかもしれません.我々の価値観もこの日本という国と関係ないのです.日本人は明治以来すばらしい教育制度を作り上げました.日本には帝国大学が9箇所ありました日本国内に7箇所,ソウルと台北にの2箇所です.もちろん日本がアジア侵略したことは否定できないですが,アジア全体で欧米に立ち向かいたいという理想もあったのです.今,自民党は国民が反対しているにも関わらず移民政策を行っています.日本とは全く異なる教育制度や価値観をもつ人々が大量に来る社会を果たして我々は黙認していてよいのでしょうか.他人事として捉えるのではなく,我々も一人の国民として,今の日本に関心を持ち,これからの未来の日本人に恥じることのない国家運営を政治家だけに任せるのではなく一国民としてできることをするべきだと思うのですがおおげさでしょうか.アフリカでは少年兵として子供時代から人殺しを学ぶのが普通の国もあります.そうした暴力を国是としているような国から大量の移民を入れることが日本の未来にどのような影響を与えるのか,しっかり考えていく必要があります.大量の移民は日本国家の価値観を破壊する可能性があるのです.

 

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